明治神宮からみた近代と台湾

 

text: 陳穎禎

 

 
 

 台湾人にとっての東京観光といえば、明治神宮は行くべき観光スポットのひとつです。原宿エリアの繁華街をぶらぶらすると、神・俗域を区画する鳥居が目に入り、その先は神宮境内林になります。その鬱蒼たる「鎮守の森」は自然の感触を感じさせ、それから社殿に入り、優美な流造曲線、荘厳な式典行列など台湾にはない雰囲気が観客を魅了します。実は、観光客に強烈なインパクトを与えられる神苑は、台湾と関りがあるのです。

 まず知っておきたいのは、明治神宮は近代神社における代表的な例だということです。運動施設などが揃った外苑は国民教化と神社運営基盤の役割を担い、膨大な敷地が近代的都市公共空間として利用されています。そして内苑は、明治神宮以前の造園では針葉樹(カシやヒノキなど)の「人工林」を理想としましたが、東京の都市化による煙害などの影響が針葉樹の生育を妨げるため、代わりに手を加えなくても生長できる照葉樹が求められました。そう言った「自然林」は古の自然観と似合うものであり、新たな造園モデルとしてその後の造営に影響を与えます。全体的に見て、明治神宮は神社造営上や都市空間上は近代的存在なのです。

 前述のとおり、明治神宮の境内林はかつて全国からの献木を組み合わせて作られました。その一部は亜熱帯・熱帯に位置する植民地台湾の照葉樹です。また、今内苑南・北参道の出合い口で観客を震撼させる巨大な明神鳥居(1975年)の材料は台湾丹大林場の檜ですが、その前身は、台湾総督府が献上した阿里山材で造られた一代目鳥居(1920年)です。

 そもそも台湾は日本の植民地になってから森林開発が進み、林業は台湾近代化に貢献した一つの産業となり、日本への材木輸出は戦後1970年代まで重要な財政収益として台湾の経済を支えました。明治神宮内苑の照葉樹が台湾森林開発を証し、二代の明神鳥居建設も台湾林業史と合致します。端的に言えば、日本と台湾の近代は明治神宮から学ぶことができるのです。